n年後のコミケ

 かつて外界・日本国において盆休み・年末と称された時期になると、実験区画セクターYには逆四角錐状のサーバ・オブジェクトがビルドされる。これは、オフィス街と称される区画・セクターBに拠点を置く非営利組織「COMIKET準備会」が、セクタ管理局の承認を得て実行したものである。

 このサーバ・オブジェクトはコードネームを「Ariake」と言い、旧型システム「Harumi」をベースに開発された。ビルドから3日間、Ariakeには常に大量のアクセスが発生するが、内部で6層に分割されたシステムがそれぞれの役割を連携して果たすことで、その全てを円滑に捌き切っている。

 Ariakeが提供するサービスはその名を「COMIKET」と言い、大まかに説明すればリアルタイムチャット機能を有したショッピングサービスとなっている。その内容・理念は外界・日本国に存在したイベント「コミックマーケット」に似せているとCOMIKET準備会は語る。

 審査・抽選で選ばれた「サークル参加者」と呼ばれる出店希望のアバターには、合計数百にも及ぶサーバのうち1つが与えられる。これはスペースと呼ばれ、当日中のみサークル参加者が管理権限を得られる。「一般参加者」はAriakeを介して希望するスペースに接続し、頒布物の取引やスペース内にいるアバターとのチャットを楽しめるという仕組みだ。

 当日のCOMIKET開催前に、頒布する品を物理転送装置を用いてスペースにアップロードしなければならない(複製されるため1部のみでよい)。当日朝になると、転送装置を持たない家庭のサークル参加者が最寄りの有料トランスポータへ足を運ぶ様子は珍しくない光景だろう。この作業をコミックマーケット時代の名残から「設営」と呼んでいる。

 一般参加者が取引をして取得した頒布物の物理データは、即座に家庭のビットプリンタへ転送される。ビットプリンタは受け取った物理データと形状も材質も全く同じ物体がビルドされる仕組みであり、まだ多くの一般人が導入しているわけではないものの、運送形態に革命を起こすと言われ、主に企業での普及は進んでいる次世代の機器だ。

 ビルド代行企業の所有するビットプリンタは、混雑回避のために政府の要請でAriakeとの接続は遮断されており、ビットプリンタを持たない一般参加者はセクターYに臨時ビルドされたCOMIKET専用施設(通称:ホール)へ向かう必要がある。

 物理データ転送システムでもあるAriakeを用いた外出不要の即売会形態が導入されてから月日は経ったものの、未だ家庭へのビットプリンタ普及が遅れていることから、もうしばらくは外出を必要とする一般参加者は多くなる見込みだろうと、コミックマーケット史・近代即売会史専門家は分析する。COMIKET準備会は一般参加者が業者のビットプリンタを利用可能にすべく、制度の見直しを検討するよう政府に訴えている。

 ホールの利用者は家庭からAriakeへコネクトできない人、ビットプリンタを持たない人などが現状では大多数を占めるが、そうでない利用者も存在し、キャラクターへの仮装を趣味とする人、及びそれを撮影する人による撮影会の場であったり、具現化したバーチャルパートナーを連れている人同士での交流の場にもなっている。

 未だホールを利用する人は多く、その人数を収容することを考慮して、広大な土地を確保しやすい実験区画セクターYがAriake及びホールのビルド先に選ばれているが、開発企業による複数の超大型機械の建造・試運転が行われていたり、セクタ管理組織関連企業による電子空間改変の実験が行われていたりと、一般参加者やスタッフが騒音問題や大事故に巻き込まれてしまうことを懸念する声も上がっている。

 Ariakeの外見は逆四角錐状であるが、そのモデルはかつて外界でCOMIKETの基となったコミックマーケットが長く行われていた施設の特徴的な形状に由来する。外界保存機関の資料によると、その施設も今は――